「あー松本、朋也くん?」
ラウンジ中に大きく響きわたる声に、朋也はびくっと肩を震わせる。
そしてポケットに携帯を戻し、ゆっくりと振り返る。
がたいの大きな男がこちらに向かって歩いてきている。
「…………!」
その男は、先ほど赤坂プリンスのロビーで、ガラス越しに後ろ姿を見た男だった。
――そして、木村の写メに写っていた男でもある。
男は朋也に向かって軽く手を挙げ、大股で近づいてくる。
その男が誰なのか、朋也は考えなくても直ぐに分かった。
状況的に十中八九……いや、紛れもなく智佐の父――そして祥子の夫、蔵田万蔵だろう。
男との距離は5メートル。
すぐに逃げ出すべきか。今なら何とかなる? いや、無理だ。
こっちを見ている。近づいてきている……間違いない。
ポケットで携帯が振動している。
「早く出ろ」と朋也を急かすように、しつこく振動し続けている。
――だが。
電話の相手が誰であれ、どんな内容であれ、今の状況より優先すべき事はないだろう。
「…………」
朋也の頭の中は状況が整理しきれず、もうパンク寸前だった。
何故自分の名前を? まさか祥子さんとのことが? いや、普通に考えてチーちゃんか?
どうする? どうすべきだ? 何か言うべきだろうか? 言うべきだ……何を言えばいい?
男はもう目の前まで近づいてきている。
朋也は大きく息を吸い、吐き出す。
「初めまして。智佐さんの……お父さん、ですか?」
震える声を、喉から振り絞って言う。
声は力無かったが、精一杯表情は繕った。
男は大きく頷いて、口を開いた。
「早いなー朋也くんは。一番乗りだと思って来たんだけど」
低く威厳のある声だった。
朋也の胃の辺りにズシンズシンと響いてくる。
そして朋也の顔を見て、男はにっこり笑う。
「いやー実物はもっといい男だったな。智佐に二人で写ったプリクラを見せてもらったことがあったんだが」
あぁ、それでか――朋也が抱いていた疑問の一つが解決する。
そして同時に、「二人で写った」という言葉を頭の中で反芻して、朋也は気が遠くなっていった。
朋也は基本的にあまり写真が好きではない。
けれど智佐にどうしてもとねだられ、一度だけ一緒に撮ったことがあった。
キスプリクラと呼ばれるベッタベタのやつである。
しかも智佐は、この時ばかりと調子に乗って、かなり積極的な出来上がりになったのだ。
朋也は色んな意味で終わった……と思った。
「いやーあ、若いっていうのはいいもんだ、ハッハッハー」
顔面蒼白になってる朋也の横で、男は豪快に笑う。
朋也の胃の辺りに、相変わらずズシンズシンと響いてくる。
どうやらこの男は、体だけではなく心も豪快に出来ているようだ。
「二人はまだ……かな?」
辺りを見回す万蔵を見て、朋也はようやく祥子のことを思い出した。
「あれ、それは」
万蔵の視線が朋也の手もとで留まる。
「――――!」
キャラメルブラウンのバーキン。
「あっ、いや……」
慌てて朋也は口を開く。
どう見ても女性もので――そして祥子がいつも使っているバッグだ。
祥子のバックだと気付いただろうか?
混乱して状況が整理できない。
今、言うべきことは? 何て言えばいい?
その時、万蔵が目線を上げた。
小気味よいハイヒールの音。
「お待たせ、あれトモ……くん?」
そして朋也が振り返った先には、顔面蒼白で凍り付いている祥子の姿があった。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
