「とりあえず、今日はみんな、お疲れさん!」
曽我の声で、ガチンとグラスのジョッキの音が響き渡る。
いつもはあまり酒を飲まない木村や露崎も、中ジョッキを口に運んでいる。
朋也たちが裏口から出て行ったのを見届けた後、彼らは渋谷に戻り、いつもの中華料理屋で合流したのだった。
そして朋也は、智佐を探すという理由で、あの後すぐに万蔵たちと別れ、今、家に送りにいってる途中だというメールが、先ほど曽我に来ていた。
皮肉なことに、朋也はこれが智佐の家に行く、初めての機会になりそうだ。
ちなみに、祥子が田園調布に近づいた時は、GPSのエリア通知機能で、朋也の携帯に連絡がくるので、鉢合わせの心配はない。
「いやー、一体、何がどうなってこうなったのでしょうか?」
露崎が疑問顔で口を開く。
彼としては、自分がホテルの入り口に入った途端、非常ベルが鳴り出したのだから、全く事情が飲み込めていないのも無理はない。
そして彼が思った以上に、ホテルの一階は騒然とした雰囲気になっていて、人並みに押し出されるようにして、ホテルの外に出たのだった。
「チーちゃんはもう、すぐ近くまで来てたからな。そんな切羽詰まった状況でキムから電話があったんだ」
「木村さんから?」
ああ、と曽我は木村をちらっと見て頷く。
「露ちゃんとキムは動けないし、松ちゃんは完全につかまっている。だから俺らに、『非常事態を起こせ』ってな」
「ってことは、やっぱりあのベルは作戦だったのですか?」
曽我はコクリと頷く。
「それにしても、随分思い切った行動に出ましたね……実際、上手くいったから良いのですが。でも非常ベルを鳴らしただけで、まさかあそこまで混乱状態になるとは」
露崎が神妙そうな顔つきで言う。
「あーそれについては簡単だ」
曽我は木村を見て、目で促す。
ゴホンと木村は不機嫌そうに咳をして、手にしているものを見せた。
「……これだ」
「携帯、ですか?」
木村は無言で頷くと、また押し黙った。
「何かやけに人が多いと思わなかったか? それも若者が」
木村の後を受けるように、曽我が口を開く。
「言われてみると、そんな気が……。そう言えば、宿泊客ぽくない服装の人が多かった気がします」
「そう、あれは全部サクラだったんだよ」
曽我はくくっと笑って言う。
「サクラ!?」
「あぁ。別の言い方をすれば、例の『スネーク』たちだ」
木村の書き込みを受けて、スネークたちは、渋谷から赤坂のホテルへ移動していた。
そして曽我は最後の最後の状況で、木村に「今トモ男」のスレッドに書き込むよう、メールしたのだった。
「非常ベルが鳴ったら、皆で一斉に騒ぎ始めて、混乱状態を作ってくれ」、と。
スレッドを読んだスネークたちは、一致団結して大声を上げて騒ぎ、束になって出口へ押しかけ、見事期待に応えたのだった。
そして修羅場を目の前で目撃した彼・彼女らは、最後に大きな「祭り」にまで参加できた、という満足感を胸に、ご機嫌でそれぞれの家に帰っていったのだった。
「なるほど、彼らの期待にも応え、尚かつ松本さんの最大のピンチをも乗り切ったわけですね。よくあんな状況で思いついたものです。全く……絶妙な作戦ですね」
露崎は興奮気味に言う。
「あぁ、確かに」
「スッゴーイ!」
「ま、それほどでもないって……」
曽我は気まずそうに苦笑する。
「松本さんは今、チーちゃんを送りに行ってる最中なんですよね? あと、ご両親も方も渋谷で食事をしているようですし。じゃあとりあえず、今日の作戦は上手くいったってことでいいんですか?」
露崎が曽我と木村を見て言う。
「あぁ。冷や冷やものだったけど、大成功だ」
「……うむ」
「イエーイ!」
再度、4人でジョッキを突き合わせて乾杯する。
「あっ、あたし、生中追加ねー!」
元気よく店員を呼び止める声が上がる。
そしてまた一つ、すごい勢いでジョッキが空く。
「……ところで、だ」
曽我が険しい表情になって口を開く。
「彼女は、いったい……誰なんだ?」
店員に注文をしている陰で、曽我は木村に訊ねる。
露崎も曽我と同じ表情で木村を見ている。
「誰って……いっても……なぁ……」
二人の視線を受け、木村は口を濁しながら目を逸らした。
「ま、ま、まさか……」
曽我は何処かで彼女の顔を見たような気がした。
ピンぼけてはいたが……そう、木村の写メールだった。
曽我の表情は一気に蒼白になり、「何で連れてきてるんだ!?」と、テーブルの
下で木村の膝を小突く。
「まぁ……流れで、な」
木村は目線を逸らしたまま、ボソボソと言った。
「佐々木凛々子でーす! ヨロシクー!!」
注文を終えた彼女は、ハイテンションで自己紹介をした後、曽我と露崎に向かって完璧なウインクを決めた。
胸元の開いたセクシーな服に、スラリと伸びた長い足。
年は自分たちと同じくらい……いや、社会人だとすると幾つか上だろうか。
祥子と同じキャメルブラウンのバッグを持って、何より足下の赤いハイヒールが印象的だった。
――そして、万蔵と赤坂プリンスにいた女性だ……。
「あ、生中もう一本追加ねー!」
怒濤の勢いでジョッキを空けていく凛々子に無理矢理握手されながら、曽我と露崎は何とも言えない複雑な気持ちに苛まれていた。
そして結局、二人のその気持ちは、翌早朝まで続くことになるのであった。
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