半身、寝袋に包まれたままの中里亮という男。
そしてテーブルを挟んだ向かいに、蛯原友里と名乗る細身の女性が立っている。
部屋にあるのは、そのテーブルとソファと電話と、彼女が掴んでいる電気スタンドだけだ。
中里は口を開く。
「怪しい者じゃないし、いい加減、その電気スタンドを離したら?」
「いや、めっちゃくちゃ怪しいし!」
警戒を解く様子は全く無さそうだった。
中里はため息を付きながら言う。
「だからさっきから説明してるだろ? 俺はとある事情があって、とある国から日本に帰ってきて、とある事情で住む所が無いから、ばぁちゃんに家を貸して貰ったって」
「全然説明になってないし!」
「だからそれも詳しくは話せないんだって……とある事情で」
中里は口をへの字にして言う。
「とあるばっかりじゃないっ。大体、ここはあたしが借りてる家なの!」
友里はバンとテーブルを叩いて息巻く。
「借りてるって、今日引っ越しをしてただろ?」
「その件については色々あって結局無くなったの! 契約はまだ半年残っているし、家賃も払ってるはずよ」
「自分も全然説明になってないじゃんか……。はぁー何があったか知らんが、見事なダブルブッキングだな」
中里は手の平を上げて、目をつぶる。
そしてふと何かに気付いたように眉を潜めた。
「確認しておくが、ここって『666号室』だよな?」
「そうよ」
友里は目を合わさずに言う。
「まさか……」
中里は昔、推理小説で読んだ、あるトリックを思い出していた。
「6」だと思っていたのは逆さで、実は「9」だったという――。
ゴクリと唾を飲み込み、ポケットからメモを取り出す。
「……って、やっぱ『666号室』だし!」
手書きで書かれているので、間違えようは無かった。
大体、999号室っていうのもおかしい。
「貴方がこの家の住人だって主張するなら、証拠を見せなさいよ。そうよ、鍵はどうしたの?」
友里は腰に手を当てて言う。
「鍵は無い」
「鍵は無いって……やっぱり、まさか」
「ちょ! ダメ警察! 警察はダメー!」
電話に手を伸ばそうとするのを、中里はダイビングして止める。
しばらくまた揉みくちゃになる。
「ハァハァ……もう、何で鍵持ってないのよ?」
子機を取られ、友里は思いっ切り睨みながら口を開く。
「ばぁちゃんが管理人に言って開けてもらえって。で、鍵は明日受け取りに行く予定だ」
中里もぜいぜい息を吐きながら、答える。
「じゃあ管理人さんに聞けば――」
「いや、ちょうど引っ越しの業者がいたから、エントランスはすれ違いにそのまま入ってきた。そしてこの家の玄関も、ほぼ同様だ」
「全く、じゃあそのおばあちゃんに今すぐ電話して確認しなさいよ!」
柳眉を逆立てる友里に対して、中里は肩を竦める。
「ばぁちゃんは夜7時には寝る。後は電話が鳴ろうが、槍が降ろうが、絶対に目は覚まさない。管理人さんも同様だ。今は9時前。勤務時間は朝8時から夜8時までって受付に書いてあった」
「……っ」
友里は唇を噛んでソファにドスンと座る。
「まぁでもこの紙が何よりの証拠だろ?」
中里はクイと眉を上げて紙を広げる。
紙には例の手書きの地図と、部屋番号が書かれていた。
「ものすごく適当な地図じゃない! ひょっとして別のマンションなんじゃないの?」
「いや」
そう言って中里は窓際まで跳ねていく。
「さっきこのテラスから周辺を見ていたが、それらしいマンションは無かった。横に66戸もあるマンションなんて、そうあるもんじゃない」
「だからってここがそのマンションだっていう証拠には……」
友里の言葉を遮るように、中里は言った。
「このマンションの名前は?」
「グランツモーレ佳乃子」
「だろ? 俺のばぁちゃんの名前だ」
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