〜僕の彼女は甲殻類(番外編)〜
曽我の元に一通のメールが届いたのは、日曜日の夜六時過ぎのことだった。
土曜の夜は、毎週のように友人と徹夜で麻雀をしているので、彼のことをよく知る人は、この時間にメールをしてくることはない。
『曽我さん、助けて下さい。遭難しました。中里』
文面に目を通すと、曽我はチッと舌打ちして、携帯を閉じた。
ただでさえ、睡眠を妨げられたことで機嫌が悪かった。
しかも、こんなふざけてるとしか言いようのないメールが、後輩から送られてきたのだから、尚更だった。
携帯を横に投げ、またバタンと布団に横になる。
天井の蛍光灯を見つめながら、ふと昨晩のことが頭を寄切った。
――そういえばあいつ、何処かに出掛けるとか言ってたな。
昨夜は、いつものように中里を呼んで、四人で卓を囲もうかと思っていたのだが、用があるということで、わざわざ木村に頼んだのだった。
こっちが下手に出るしかないのを知っていて、木村には随分傲慢な態度を取られた上、渋々といった感じで参加したが、結局木村の一人勝ちで終わった。
帰り道で、「じゃあまた来週でも」と口元を緩めた表情を思い出すだけで、悔しさが込み上げてくる。
とりあえず、昨日のメンバーに確認してみようと、部屋の明かりを付けて電話する。
「……あぁー……はい」
十二回という長いコールの後に、低く気怠げな声。
松本も寝ていたのかもしれない。
「あぁ松ちゃんか、悪いな。ちょっと訊きたいんだけど、ザトって何処に出掛けるって言ってたっけ?」
「えぇっ……? あーちょっと待って」
後ろでゴソゴソと音がする。
続いて間延びした女性の声。
どうやらかなり間の悪いタイミングで、電話してしまったようだ。
松本は、んっと短く咳払いをして口を開く。
「俺のライトを貸してくれって言ってたからなぁ。山にでも行ったんじゃないかな」
「山……? マジかよ、この時期だぜ」
季節は十一月の中旬。
山頂ではもう、雪が積もっているところも多いだろう。
「うーん、そんな感じだと思うけど。でも俺のライトって、富士山登った時のだからさ……ニーキュッパの。そんなに険しいとこじゃないと思うけど」
松本の声は楽観的だった。
けれど、曽我は猛烈に嫌な予感がしていた。
何せ中里は、“クレイジーザト”という呼び名が付いているぐらいの、規格外な男なのだ。
一緒に旅行して曽我は、何度も彼のクレイジーぶりは目にしている。
ハンディカム片手に、録画しながら滝登りをしたり。
数十メートルの岸壁の上から、上半身を乗り出したり。
落ちたら火口に一直線の山頂で、走り回ったり、逆立ちしたり……。
身軽で運動神経がいいのは確かだったが、とにかく怖いもの知らずで、はっきり言えば無謀なやつなのだ。
「……それで、なんだけど」
曽我は中里からきたメールの文面を、松本に伝える。
頭の中では様々なイメージが渦巻いていて、とても一人では抱えきれなくなっていた。
「…………」
話を聞いて、松本はうーんと深く唸った。
そして女に向かって二、三言、何か言ったようだ。
女は不満そうな声を上げている。
「……あぁ、確かに嫌な予感はするな。とりあえず緊急集合だ」
松本の声も、すっかり重みのあるものに変わっていた。
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