ついに頂上がはっきりと姿を見せた。
あと三十メートル。
自然と三人の心は軽くなっていった。
一刻も早く着きたいという気持ちはあるのだが、体は思うように動かない。
すぐ近くにあるように見えるのに、なかなか近付けなかった。
けれど、もう焦る気持ちは無かった。
あの場所より高いところなんて、何処にもないのだから。
「やったぁー!」
中里が嬌声を上げている。
どうやら到着したようだ。
続いて松本。
曽我は少し遅れていた。
殆ど休み無しに登ってきた疲労が、ここになって一気に体にきていた。
中里が飛び跳ねながら手を振っている。
松本も黙って見ている。
曽我は一歩一歩気力を振り絞って、足を前に動かしていった。
ようやく登頂――と思った手前で、松本は待っていた。
中里はそれを見て、にこにこしている。
「やっぱり最後は、一緒にゴールしないとね」
松本は片目をつぶって言う。
曽我も恥ずかしそうに笑って、松本と肩を組んだ。
「「ゴーーーール!」」
二人で声を揃えて、最後の一歩を踏み出す。
瞬間、様々なことが頭を過ぎってくる。
十二時間前の中里のメールに始まって、警察署、登山用品店、いろは坂、木村の脱落、松本の滑落、ホワイトアウト、雪崩、寄せ鍋……。
気が付けば、目から熱いものが込み上げてきていた。
止めようと思っても、とても止められない。
自然のエネルギーが溢れてくるようだった。
「ついたぞぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
目の前で吹く風に負けないよう、力一杯叫ぶ。
手を広げ、目をつぶる。
タイタニックの主人公になったように。
この世界がまるで自分のものであるかのような、世界との一体感を感じていた。
目を開ける。
山際に光の筋が見えた。
赤い光。
それは生命を想起させる、力強い光だった。
呼吸を止めていた景色が、生まれ変わっていくように、徐々に世界が色づいていく。
「…………」
曽我はその光が、生まれたての赤ん坊のように思えた。
大きな大きな産声を上げて泣く、世界の幕を開く輝き。
それならば、太陽を包むこの風は母親なのだろう。
風は世界を、そして自分たちの体を包んでいる。
三人はただ呆然と、その一連の動きを見ていた。
それは、長い長い日の出だった。
しばらくして中里が、記念写真を撮ろうと言い出した。
「ん? デジカメなんて持ってきてないぞ……」
「えぇーっ? あれだけ荷物を持ってきたっていうのに、肝心なものを忘れてくるなんて」
二人は顔を見合わせて、これはどちらが間違えているのだろうかと葛藤した。
そう言えば、山に登るため以外のものは、何一つ持ってきていなかった。
中里はぶつくさ言いながら、携帯のカメラで撮ることに決めたようだ。
「曽我さーん、もうちょっと奥行って下さーい。体が切れてまーす」
「えっ……そんなこと言ったって、これでギリギリだぞ?」
中里は携帯の画面を覗き込みながら、もう少し後ろ後ろとジェスチャーしている。
ちなみに曽我も松本も、既に限界まで後ろに下がっている。
これ以上は崖だ。
「それでは行きますよー?」
中里が手を挙げて、合図を送ってくる。
曽我と松本もVサインをして、笑顔を作った。
「チーズ、5、4、3……」
「……って、お前も写る気なのかよっ!?」
中里はカウントダウンをしながら、二人の元に駆け寄ってきた。
「おいおい、山頂を走るなって! うわぁ押すなって!?」
カシャ――。
セルフタイマーでシャッターが切れる。
曽我と松本は、必死で岩にしがみついていた。
その時、バタバタバタ――と上空から音が聞こえた。
顔を上げると、太陽の光が目に入った。
その向こうに、うっすらとヘリコプターの姿があった。
「おーい! こっちでーーす!」
中里は、ウインドブレーカーを手に持って、ぐるんぐるん振り回している。
ヘリコプターはゆっくりと旋回して、こちらに機首を向けた。
「おーーい! やっほぉーーい!」
その後ろで松本は、目を細めて御来光の空を見ていた。
「……デジカメは無いけど」
松本は小さな声で呟く。
――シャッターなら何枚も切ってるさ……心のね。
今なら勢いで言えそうだったが、でもやっぱり少しキザ過ぎる気もしてやめておく。
そして帰ったら、たっぷりと彼女に話してあげようと思った。
完
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