「さてここからはプログラムの内容について、校長先生に話していただきます」
望月はそう言うと、校長に向かって礼をした。
曽我はその顔を何度か見掛けたことがあった。
校長という肩書きながら、普段教室にいることはない。
教室の実質的な責任者は副校長で、室長がその補佐役だ。
しかし年に数度、監査として来校し、その度教務室で副校長や室長を怒鳴りつけている声は、外まで聞こえてきていた。
立場はずっと上だが、室長より十才は若く見える。
三十代後半ぐらいだろうか。
教務を怒鳴りつけていたのが嘘のように、雰囲気からは理知的な印象を受ける。
校長はクイと眼鏡を上げると、一歩前に出て話し始めた。
「私が校長の佐々木です。殆どの人が初対面だと思いますが、こちらは皆さんのことをよく存じ上げております。とはいえ、先を急がなければならない状況にある方もいらっしゃるので、早急に本題に入らせていただきます」
佐々木の合図で、望月がプロジェクターのスイッチを入れる。
スクリーンには、手首の装置の写真が表示された。
「もうご存じの方も多いと思いますが、この装置は手首の動脈に繋がっております。完全に固定されているため、外科的手術でないと取り外すことは出来ません。強い衝撃を与えれば或いは外れることもあるかもしれませんが、動脈も引きちぎれますので、くれぐれもご注意を」
図が拡大する。
「表面には二つのボタンがあります。このボタンを押すと、中のアンプルを取り出せるようになっております。アンプルは二つまで付けられますが、皆さんが装着されているのは現在一つずつだと思います。またアンプルは動脈の栓の役割も兼ねているので、無理に外してしまうと先程のような事態になってしまうという訳です。ここまでは宜しいですよね?」
スクリーンの映像が変わる。
「さて、こんな物を付けてどうするのかと、聡明な皆さんならすぐに疑問に思われることでしょう。大事なことを言います。皆さんは、とあるウイルスの“キャリア”です」
電子顕微鏡で拡大されたウイルスの映像が映される。
佐々木は呆気に取られている講師たちを無視して続ける。
「ある中東の国で、化学兵器として開発されたウイルスで、ここでは便宜上『α種』と呼ぶことにします。感染後、最大七十二時間以内に発症し、個人差は多少ありますが、その後は数分から数十分で死亡に至ります」
倍速のマウスの映像が流れる。
せわしく動き回った後、突然痙攣を始め、ひっくり返ったまま動かなくなった。
「その進行を遅らせるためにあるのが、この装置です。アンプルに入っていた成分が、血液と混じり合うことで抗体を作ります。ですが鈴木先生の場合、その成分が流れ出てしまっている可能性が高いので、早急にワクチンを入手することが必要かと思われます」
佐々木は鈴木にちらっと目線を送った後、また講師全体に視線を戻して言う。
「注意しておきたいのは、同じα種のアンプルをもう一つ付けても、殆ど意味が無いということです。せいぜい発症までの七十二時間を、数時間延長できるだけでしょう。ワクチンの効果があるのは、『β種』のアンプルです。これがあれば、皆さんはすぐに健康を取り戻すことが出来ます」
曽我は急速に嫌な予感がし始めていた。
望月と佐々木の顔に張り付いたような笑顔が、薄気味悪くて仕方がなかった。
「そうです! 同じようにβ種のキャリアの人たちも、皆さんのα種のアンプルがワクチンになっているということです」
「……言うなぁっ!」
地面を叩いて、曽我は立ち上がった。
慌てて松本が押さえる。
黒ずくめの男達は淀みない動作で、曽我に銃口を向けていた。
「ふふ、さすが曽我先生です。どうやらこれから話すことに、お気付きになられたようですね。どうですか、先生の口から皆さんに話されますか?」
佐々木は余裕の表情を口元に浮かべて問う。
曽我が答えずにいると、先を続けた。
「……では続けます。皆さんが欲しがっているβ種のアンプルを装着している人たちは、皆さんもよーくご存じの方達です。そう、皆さんが手塩に掛けて指導していらっしゃる、我が教室の生徒さんたちです!」
持って回った言い方だったので、誰もが予想できた答えだった。
内心、安堵を覚えた者もいたぐらいだ。
しかしその言葉が意味している内容を、まだ殆どの人は理解していなかった。
木村は一人離れたところで壁に寄り掛かり、遠目に見るように腕を組んでいた。
「尚、α種とβ種のキャリアの方が接触なされますと、即時に発症することも確認されております。感染経路としては、血液・唾液・精液など体液を介してのほか、直接的な身体接触でも発症することがあります。皮脂や汗によるものですね。つまり皆さんとしては、生徒さんに出来る限り接触しないようにアンプルを手にする必要があるということです」
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