20代、30代の若者であふれ、逆に先ほどまで多かったスーツ姿の人たちは殆ど見られなくなっていた。
曽我は木村と朋也に、最後の作戦をメールしてから言う。
「ザト、よく聞いてくれ」
「な、なんですか……」
中里はビクッと一歩引いて訊ねる。
「考え得る最悪の事態は?」
「チーちゃんと松本さん達が合流することですよね」
「そうだ、その通り。そしてもう時間はない」
「はい……」
「じゃあどうすればいい?」
曽我は改めて中里に問う。
そうこうしている内にも、智佐が一番入り口側にあるロビーに入ってきた。
曽我と中里は見つからないよう一歩下がる。
「チーちゃんを無理矢理引き留める? って、まさか昼間のようにやるのは、もう嫌ですよ」
「そうだ、同じ手は使えない。そして今後のこともあるから、俺らが直接チーちゃんに接触するのは無理だ」
「じゃあどうやって?」
「だからといって、松ちゃんたちに接触するのもしかり、だ。……そこで、ザトに頼みがある」
「な、なんですか……」
曽我はじっと中里を見つめて、言った。
「この非常ボタンを押してくれ」
「えっ? な、何で!? ぼ、僕がですか!? 嫌ですよ!」
「もちろん混乱させるためだ。間接的に妨害する手段は、他には思いつかなかった」
智佐は手前のロビーから出て、フロントの方に歩いてくると、鞄から携帯を取り出した。
おそらく朋也か万蔵に電話して、何処にいるのか聞こうとしているのだろう。
「だからってやり過ぎですよー! そんなことしたら、僕も只では済まないでしょうし」
「状況的に多分大丈夫だ」
「多分って!? しかも状況的って何ですか? 全然大丈夫じゃないですよーっ!」
「まーそれはいい。もし万が一捕まっても、お前は未成年だ。ちょっと我慢すればすぐに出てこれる」
「出てこれるって何処入るんですか!? い、嫌ですよっ! えっ、だからそんな顔されても……絶対、嫌ですからねーっ! あーーーーーーーーーっ!」
どうする?
このままでは間違いなく智佐と、朋也たち三人は合流してしまう。
それは考え得る、一番最悪の事態だった。
「…………」
智佐は祥子の浮気を疑っている。
それは今朝の行動を見て、間違いないだろう。
その智佐が、朋也と祥子の様子を見て、果たして何も思わないだろうか。
二人の関係までは気付かなくても、万が一違和感を覚えてしまったら、今後智佐はどういう行動に出るだろう。
勘の鋭く、そして独占欲の強い智佐のことだから、疑問が払拭できるまで、とことん両者を突き詰めることは、想像に難くない。
だから――絶対に智佐を合流させてはならない。
じゃあどうする?
どうすれば?
朋也は万蔵と話している。
一刻も早くこの場を離れるべきだが、それも無理そうだ。
木村の状況は全く分からないし、露崎は智佐の尾行をしている。
動けるのは曽我と中里だけだった。
「…………」
けれど先ほどから胸の中を渦巻くこの違和感は何だろう――。
「何か様子がおかしくないか?」
曽我は小声で中里に尋ねる。
「そうですね……あの三人の様子だけじゃなく、何かこのロビー全体が」
「だよな」
曽我の携帯が振動する。
露崎からのメールだった。
曽我はまた一層難しい顔になって、顔を上げる。
「来ました」
中里が呟く。
二人の視線の先には、ご機嫌な様子でエントランスホールに入ってきた智佐の姿が映っていた。
自分が智佐を尾行しているのは、あくまでも「念のため」であり、もう全ての問題は解決しているはずだ。
あとは智佐が、朋也と万蔵とホテルで合流するだけ。
そしてそれを見届けて、自分の仕事も終わりのはずだった。
「…………」
露崎は智佐の20メートル後方で、外堀通りを歩いている。
目的地ももう目の前で、大きなホテルの外観は露崎の位置からもはっきり見えている。
だと言うのに、先ほどから何度も皆にメールを送っているが、誰からも返信が来ない。
朋也にはそんな余裕は無いだろうが、曽我や中里、木村の仕事はとっくに終わっているはずだ。
不安になって電話も掛けてみたが、誰も繋がらない。
何か現場で不味いことでも起こったのだろうか?
「…………」
露崎は胸騒ぎを覚えたが、もう自分にはどうすることも出来ない場所まで来ていた。
智佐はニューオータニの敷地に入っていった。
>今ホテルの敷地に入りました。
>誰からも返信がありませんが、中はどうなっていますか?
曽我と中里は死角のエレベータホールからロビーを覗きながら、目の前の光景が信じられずにいた。
万蔵が朋也と話している。
しかも隣に祥子もいる、三人で。
どうして!?
万一、万蔵と遭遇しても、朋也が他人を装って祥子と別れていれば、とりあえずこの状況は避けられるはずだ。
万蔵は朋也の顔を知らないはずだし……いや、ひょっとすると知っていたのか?
「…………」
万蔵は随分機嫌が良さそうに見える。
祥子は全く無表情でその場にいるだけだったが、朋也は万蔵の話に合わせるよう
に爽やかな笑顔で頷いたり、時には口を開いて相槌を打ったりしている。
一体、何がどうなってこうなっているのだろうか?
「…………」
しかし状況をじっくり見極めているような時間はない。
ロビーにも人の数が増えてきた。
いつの間にかサラリーマンの姿だけでなく、若者の姿もちらほらと見られるようになった。
そして智佐が来るまで、もう数分だった。
